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更新日:8月20日

今回ほどに、言葉で締めるのは野暮だと思ったことはありませんでした。

言葉というものの存在を、私たちは過信してしまう。


もちろん、言葉により得られるものは多大だ。しかし、それが、全てでは無いこと。


体験に勝るものはない。


森はそれを教えてくれました。


雨の森を歩き、コシアブラを採取して。

ファイヤーピットの木を切り出して、竹の器を作り、

鹿を丸一頭を料理し、パエリアとコシアブラの天ぷらを。


翌朝は待ち望んだ美しい晴れ間に、生き生きとした新緑。

森を歩き、肺に空気を吸い込み、


一本の赤松が倒れるまでを


体全体で感じる。



その赤松の葉を煮出してお茶にして、手焼きのフラットブレッド、昨晩の鹿の骨身と野菜の旨みを味わうスープには、すぐそこに生えていた山椒の葉を添えて。



鳥の声が聞こえる静かで清々しい森の中、火を囲み、それぞれが感じたことをシェア。


私たちが腰掛けている木は、ずうっと前に立ち枯れし、朽ちはじめて土に還る途中。

そう教えてくれたのは中村さん。


森のことを話すときの彼は、本当に嬉しそう。

伊那で生まれ育った中村さん。


指差す先には、白い桜があった。




言葉や映像、それらは、きっかけを与えてくれるものであり、

本質は、やはりその場にいた人しか体験できない。


もしも、悩んでいる課題があるのなら、頭は置いてきて、

とりあえず現場へ行ってみてほしい。


環境のことを、考えたいのなら、パソコンじゃなくて自然のある方へ。

  

美味しく食べる人の写真を見たところで、その味を、香りを味わうことはできないのだから。


それが本当に美味しいかなんて、食べないとわからないでしょう?




今回もまた、みなさんと火を囲めたことに感謝を込めて。

ご参加いただきありがとうございました。


そして、

やまとわ の中村さん、奥田さん、近藤さん に大きな感謝を込めて。

















PHOTO TAKASHI GOMI

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